プロフィール

旭川アイヌ協議会

 1972年10月、アイヌ民族から「アイヌの老人のフォルムが差別にあたる」と指摘されていた旭川市常盤公園の「北海道開拓記念碑・風雪の群像」が爆破される事件がありました。その事件にアイヌ民族は関わっていませんでしたが、官憲は地域のすべてのアイヌ民族を特別視し、子供から老人に対してまで様々な人権侵害が頻発しました。当時、旭川のアイヌ民族は民族団体を持っていなかったために、官憲の動向がエスカレートし、それ故にこうしたアイヌ民族差別・人権侵害に抗議してアイヌ民族独自の組織として1972年12月に「旭川アイヌ協議会」が結成されました。結成時は旭川アイヌの全戸が参加しました。
 その活動の目的は、「父祖伝来誇り高いアイヌ人として生き続けてきた、われわれの歴史を尊重し、アイヌ人の尊厳を傷つけるいかなる力も排除し、更にアイヌ人の地位、生活の向上をはかる。/この大地に培ってきたすばらしい、われわれアイヌ民族の文化を温存し伝承に努める。/相互の援助と親睦をはかり豊かで平和な社会を造りあげていく。」(旭川アイヌ協議会会則第2条「目的」)ことです。
 協議会発足後は「北海道旧土人保護法」の撤廃、戸籍の旭川区旧土人給与地で出生との記載削除、小学校の副読本の作成、アイヌ伝承と工芸展、旭川市嵐山伝承のコタン「チノミシリカムイノミ(聖なる地でのお祈り)」の行事、近文アイヌ墓地の無縁仏供養、銀のしずく降る日(知里幸恵生誕の日)等の行事を継続して実施しています。


アイヌ・ラマット実行委員会


 アイヌ・ラマット実行委員会は、足立区を中心に東京東部地域でアイヌ民族と交流してきた仲間が2001年に放送大学・河野本道のアイヌ民族差別放送を糾す取り組みを開始し、下記の成果の上で、地域の市民団体・労働組合と川村シンリツ・エオリパック・アイヌさんらで2004年に結成しました。
 放送大学のアイヌ民族差別放送とは、講師の河野本道による「アイヌ系の者」(差別表現)は「民族として成立したことがない」「自ら〈和風化〉〈和人化〉した」「(民族でないものが)アイヌ新法制定運動を起こしたことは大きな問題」などの差別主張が公共放送で1998年~2002年まで4年間繰り返し放映されたことです。
 足立区は放送大学足立学習センターに施設と人員を提供しており、当時、足立区自身もアイヌ民族を人権推進の対象としていなかったために同区にチャランケを申し入れ、その結果、川村さんのアイヌ民族の歴史と人権に関する記事が区報に連載されるなどこのアイヌ民族差別に対する諸施策がとられ、区が私達と協力して地域の人々に広く呼びかける取り組みを行うことも確認されました。そして、2009年春には「足立区人権推進指針」がアイヌ民族の人権も含めて策定され、全国でも稀な先住民族アイヌに対する「歴史的不正義」を指摘する歴史認識も込められました。また具体的な施策としては地域の人々が生涯にわたってアイヌ民族の歴史と文化を学ぶ機会を保障すること、差別を撤廃することが公式文書で確認されました。しかし一方で、放送大学は私達の取り組みの中で人権委員会なるものを設置しましたが、「学問の自由」を盾に責任を否定し居直っています。
 私達の活動の目的は、先住民族アイヌの先住権・自決権の権利回復の活動に連帯することですが、労働組合の主体的課題としも取り組みが広がるように活動を進めています。